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ロクでもナイズドスイミング

映画の感想を書きます

映画感想『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』ぶっ壊れて、それから

新作映画

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雨の日は会えない、晴れた日は君を想う

(原題: Demolition

 

妻が死んだ。

これっぽっちも泣けなかった。

そこから壊れはじめた。

 

監督

ジャン=マルク・ヴァレ

キャスト

ジェイク・ギレンホール(デイヴィス・ミッチェル)

ナオミ・ワッツ(カレン・モレノ

ジュダ・ルイス(クリス・モレノ

 

あらすじ

銀行員のデイヴィスは自動車事故で妻を亡くすが、周りの反応とは裏腹に涙を流すことさえできない。妻の死に対して無感覚な自分に気づいたデイヴィスは、あらゆるものを破壊する「ぶっ壊れた男」になっていく。

 

 

m.youtube.com

 

ライトノベルみたいな邦題(一応本編には関係あるのですが)、去年公開の邦画永い言い訳に酷似した設定など、公開前から何かと話題の絶えない映画でした。

映画『永い言い訳』公式サイト

 

 

  

芸能一家のサラブレッドで

没入型カメレオン俳優、ジェイク・ギレンホール の主演最新作ということですが、

f:id:wakaieriku:20170223123830j:plain同一人物です

 

ここ何作かのほとんど怪物みたいな存在感に比べて、今作では比較的ナチュラル(?)な姿を見ることができました。

それでいて、彼のマネキンのように整った顔立ちと異様な目力が「壊れかけ」という設定に理屈抜きに説得力を持たせています。そして観客は、デイヴィスという男の無機物めいた佇まい破壊行為を通した感情の発露との間で「結局こいつはどこまでネジが飛んでいるのか」と揺さぶられることになります。

少なくとも僕はそうでした。

 

そもそもこの映画、役者たちが軒並みすばらしいです。

何となく危うさを感じさせるシングルマザー、カレン役のナオミ・ワッツ

f:id:wakaieriku:20170223133451j:plainくたびれ感がハンパじゃない

 

ワケあって停学中のカレンの息子、クリス役のジュダ・ルイス

f:id:wakaieriku:20170223134324j:plain守りたい、このクソ生意気

 

デイヴィスのイカれ具合に振り回される義父、フィル役のクリス・クーパー

f:id:wakaieriku:20170223135805j:plain何でこんなことになっちゃったんだろね

 

そして亡くなった妻、ジュリア役のヘザー・リンド

f:id:wakaieriku:20170223141852j:plain罪悪感を感じさせる表情

 

みんな演技が上手いのはもちろん、それぞれがまとう悲しみのオーラみたいなのが映画全体に作用して、微熱のような「何となく具合が悪い感じ」を作り出しています。

とはいえ、画面は明るくきれいで、テンポも早くさくさく進んでいくので、そこまで陰惨な印象は受けません。

デイヴィスが陥る世界は、今まで見えていなかった疑問や好奇心にあふれた「小学生の視点」であり、やりたいことを自制せずにやる、いわば「学校をサボっている時間」なわけですから、むしろどんどんハイになっていきます。

そんな中で出会ったシングルマザーのカレンとその息子、クリス。

教育や大人の事情に疲れて心を閉ざしているクリスに、教育に悪いブロークンおじさん・デイヴィスが歩み寄っていく。この二人が手を組んでともに「結婚生活を破壊する」シーン、ドン引き必至ですが文句なしにアガります。 

 

f:id:wakaieriku:20170223161244j:plainバーン!

 

f:id:wakaieriku:20170223161348j:plainガシャーン!

 

f:id:wakaieriku:20170223161514j:plainズンズンズン

 

この先、核心には触れませんが「雨の日」「永い言い訳ともにうっすら※ネタバレ有です。

 

 

 

 

 

 

 

さて、たびたび似ていると言われる「永い言い訳」ですが、この映画のデイヴィスと「永い」の幸夫は全く違うタイプの人間だと思います。

f:id:wakaieriku:20170223163910j:plain呼んだ?

 

幸夫は、妻の死を悲しまない自分を認められない人間でした。自分は不器用だけれど根は善人で、人を救う力を持っていると誰かに認めてもらいたくてしょうがない。

他人にどう見られているか、自分は社会でどの位置にいるのか。どんなに周りの環境が変わってもその思考から抜け出せない幸夫が、初めて本当に、自分が薄情で根っから腐りきっていると認めることで他者と向き合えた。そこで「永い言い訳」は終わっていました(あくまで僕個人の解釈です)。

それとは逆に、デイヴィスは自分のことが考えられない人間なんだと思いました。妻が死んだことに悲しみを感じない自分。妻と自分の間につながりはあったのか。自分と世界はつながっているのか。周りを分解し、破壊することで自分を模索しているようにも見えました。

f:id:wakaieriku:20170223172609j:plainキミとは全然違うんだよぉ

 

 

 

昔、この映画と同じようなストーリーラインを妄想したことがあります。周りを破壊することで自分を知ろうとする人の話。しかし、「破壊」の後に一体人間はどこに行き着くのか。その答えを出すことが僕にはできませんでした。

 

「破壊」の反対は「再生」なんだろうか、とよく考えます。

完全に壊れてしまったら元通りはおろか、新しく生まれ変わることすら難しいはずで、そうなったらもう壊れ物として生きていくしかないだろうと。

 

この映画のラストはその答えを出してはいないと思います。

デイヴィスは元の生活に戻ることもできず、妻との思い出を断ち切らずに、むしろすがったまま終わっていきます。子供じみたまま。壊れたまま。

この先の彼の未来に不安を感じざるを得ません。

ただ一つ言えるのは、みんなが最後に見せるあの表情が、喜びを噛みしめる瞬間が、とにかくファッキン最高だということだけです。

 

 

映画『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』公式サイト | 2017年2月18日より、新宿シネマカリテほかにて全国公開

 

 ちょっと似てると思ったり

www.amazon.co.jp