ロクでもナイズドスイミング

映画の感想を書きます

映画感想『パターソン』Uh-huh.

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パターソン

(原題:Paterson)

 

白紙のページにときめいて。

 

監督

ジム・ジャームッシュ

キャスト

アダム・ドライバー(パターソン)

ゴルシフテ・ファラハニ(ローラ)

永瀬正敏(日本の詩人)

 

あらすじ

ニュージャージー州パターソンに住むバス運転手の”パターソン”。決まったルートに従って進む一日の中で、彼の唯一の趣味は心に浮かんだ詩を徒然にノートに書き留めること。パターソンの奇妙な出会いに満ちた一週間が始まる。

 


『パターソン』本予告 8/26(土)公開

 

 

 

 

 

時間と人々の会話の中に流れる独特のリズム、それとちょっとしたアイテムの魅力だけで作られた魔法のような映画。毎度のことながら惚れ惚れします。

 

個人的なジム・ジャームッシュ監督の好きなところは、取り立てて大きな事件の起こらないゆったりとした日常を描いていながら「日常の温かみやささいな幸せ」にスポットを当てていないところです。

人の話を全然聞かないヤツ、ノイローゼ気味のヤツ、死にかけてるヤツ、などなどのどうしようもないヤツらがそれぞれのライフスタイルをぼんやり引きずりながら生きている。それが端から見てみると面白いし、何だか見入っちゃうというバランス。ジャームッシュ監督作は大まかにくくると全てがこの精神で作られてるようにも思えます。要は何十年もの間ずっと「俺の好きなもの」を動かして遊んでいるという。

f:id:wakaieriku:20170905164109j:plain誰が言ったか、ニューヨーク・インディーズ。

 

 

 意外と苦味の残る結末が多いあたりもちょうどいいというか、結局身も蓋もない物語だったりするのがこれまたツボを突いてきます。ナチュラルな残酷さを持ちながらもスパッと幕を引く。この感じは落語に近いんじゃないでしょうか。語り口で魅せるスタイルみたいな。

f:id:wakaieriku:20170902204030j:plain一番好きなやつ

 

 

で、今回の『パターソン』。主人公がバス運転手です。列車、喫茶店、タクシーの車内、刑務所、さまざまなシチュエーションで密室会話劇を作ってきたジャームッシュにとっては「これぞ」という感じの題材です。というか、今作は全体で意図的に自己模倣をしているようにも感じられます。

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マッチ箱の街。それなりに満ち足りた行き場のない人々。インプットだらけの毎日。

そんな、街と同名の男”パターソン”の趣味は詩作。彼は詩を通じて、目の前に流れる時間と宇宙を繋げていく。愛おしい光景を言葉にして抱きしめていく。

はっきりと「詩」を中心に据えている今作は、ラストに向かって意外なまでの首尾の良さを見せていきます。ジャームッシュらしからぬストレートなフィクション論というか、パターソン本人を直接励ますような締め方にも見えます。

 

 

僕にはこの映画でジャームッシュ自身は今まで培ってきた表現手法を一回再構築し直して、この真っ直ぐなメッセージに集約させているように感じられました。ジャームッシュがどんな心境でこの映画を作ったのかわかりませんが、今までの鼻に抜けるような優しい苦味に加えて、今回ばかりは少し切実なような印象を受けました。

個人的には、ジャームッシュ監督が好きなものを詰め込んで映画を撮るだけでそれは目映いフィクションになりうると思うし、そのリズムと温度感覚そのものが人に伝播していくんじゃないかと感じています。そういう意味では今回ちょっと窮屈に感じられた部分もありました。

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前作や前々作のような無闇にトガった映画も、また観たいなと期待しております。

愛しています。

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映画『パターソン』公式サイト

映画感想『ワンダーウーマン』誰かのせいにもできたけど

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ワンダーウーマン

(原題:Wonder Woman)

 

見たものと、貰ったものを、

信じたい。

 

監督

パティ・ジェンキンス

キャスト

ガル・ガドット(ダイアナ)

クリス・パイン(スティーブ)

ユエン・ブレムナー(チャーリー)

 

あらすじ

女だけが暮らす島・セミッシラで生まれ育ったダイアナ。ある日島に不時着したパイロットのスティーブは、彼女にとって初めて目にする男だった。外界はまさに第一次世界大戦の真っ只中。裏で糸を引くのは軍神・アレスの存在だと信じて疑わないダイアナは、自らの手で世界を救うために立ち上がる。

 


映画『ワンダーウーマン』本予告【HD】2017年8月25日(金)公開

 

 

 

原作コミックを読んだわけではないが、ワンダーウーマンという存在は、ひとくちに言ってしまえば神だ。

女だけの島でアマゾネスとして戦闘の訓練を積みながら育ったダイアナは、伝え聞かされてきたように、世界で巻き起こる戦争の原因は軍神アレスの存在だと信じ込む。そして実際にアレスは現れ、ダイアナをたぶらかし、意見が合わないとわかると同じ神の子として兄妹どうしの死闘を展開する。神話的、というかモロに「血の因縁」の物語だ。

しかし、ダイアナを島から連れ出したスティーブはこう言う。「僕だって誰か一人の悪者のせいにしたかった。でも、全員に責任があるんだ」と。これは最終決戦のワンダーウーマン対アレスの構図に水を差しかねない台詞だが、物語構造から離れたところで、スティーブ自身の言葉として切実に響く。

 

連合軍側の兵士の一人、狙撃手のチャーリーは飲んだくれで過去のトラウマからなかなか銃が撃てない。男性の感覚から見ると、チャーリーの存在意義は抱える葛藤を乗り越えるカタルシスと名誉の回復のためにあるように思えてしまうが、この映画にはそれがない。彼は歌をうたい、楽しく会話をする、それだけのキャラクターなのである。

人物の背負っているもの、抱えているものが乗り越えるために設定されているのではなく、ただそこに存在しているというバランス。この爽やかなキレ味が女性監督の感覚によるものならば、純粋にもっと見たいと思えた。

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前線での、ただ「前進」するアクションシーン。閉ざされた道をとにかく前進することで突破していく。単純だけど新鮮で、目の前にあるものを信じようとする力を持っているように確かに見える。最近のアメコミ映画の中でも屈指の名シーンだった。

この新たなヒーローの誕生を、心から祝福したいと思える。

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駅などの風景の撮影の色調がとても美しかったのに対して、CGゴリゴリのアクションシーンが浮きまくっていたのも何か楽しかった。

 

映画『ワンダーウーマン』オフィシャルサイト

映画感想『エル ELLE』私は傷跡じゃない

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エル ELLE

(原題:Elle)

 

ケチつけられた人生でも、

唾つけるのは、許さん。

 

監督

ポール・バーホーベン

キャスト

イザベル・ユペール(ミシェル)

ジョナ・ブロケ(ヴァンサン)

アンヌ・コンシニ(アンナ)

 

あらすじ

あるのどかな昼下り、ミシェルは自宅に侵入してきた謎の覆面男にレイプされる。警察に通報することなく、普段の生活に戻ろうとする彼女だったが、レイプ犯と思しき影は至るところに痕跡を残す。そのうちに、犯人は自分の身近にいるということに気づいたミシェルは、自ら正体を突き止めようと動き出す。

 

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「Elle」とはフランス語で「彼女」の意味だそうだ。これはまさしく「彼女」の物語だと思った。

ミシェルはあらゆる社会恐怖やジェラシー、コンプレックスの中心に立っているような人物だ。正面から生きていようと、永遠に周囲からの「腫れもの」としての眼差しを拭い去ることはできない。一度ケチのついてしまった人生だ。どれだけ時が経とうと彼女は社会の「負」の側面そのもののアイコンなのである。

 

身近な人間の中に犯人がいるというミステリー構成だが、犯人の正体を突き止めることに眼目が置かれていないのがこの映画の面白いところだ。むしろ犯人探しという形を借りて、ミシェルの人間関係の在り方、彼女自身の因縁と立ち位置のようなものを丁寧に縁取っているように見える。

この映画の犯人像は、倒錯した一種の愛憎のようなものを持っている。しかしそれを開き直って告白することもできずに、一方的に自分のタイミングで発散することを良しとしているような人間だ。これはミシェルが背負わされてきた父親の黒くひしゃげた影によく似ている。

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ミシェルの犯人との決着は何ともあっけない。壮絶な復讐をするわけでも、晒し者にするわけでもない。何なら後腐れないかのごとくあっさりと結末を迎える。相手を苦しめること、同じ目に合わせること、復讐として効果を持つのはそれらかもしれない。しかし彼女はそうしなかった。被害者にとっての悲劇が終わらないことは、その事件にまつわる全ての人間を永遠に繋ぎ止めておくことになると、彼女が一番よく知っていたからだ。ミシェルは、歪んだ影を切り離すことでピリオドを打ったのだ。

 

ミシェルが体にまとう歪んだイメージ。それはきっと彼女が生きている限り連れて回らなければならないものだ。しかし、彼女には向き合っている人々がいる。そこには愛情も怒りも悲しみも、あらゆる感情が今この瞬間に宿り続けているのだ。ただ倒錯に身を任せて、ミシェル自身と正面から向き合うことのできない人間は、彼女にはもう要らない。

 

 

映画『エル ELLE』公式サイト

映画感想『ベイビー・ドライバー』リズムに合わせて、選べ

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ベイビー・ドライバー

(原題:Baby Driver)

 

向いた方に走る勇気。

 

監督

エドガー・ライト

キャスト

アンセル・エルゴート(ベイビー)

リリー・ジェームズ(デボラ)

ケヴィン・スペイシー(ドック)

 

あらすじ

子供の頃の交通事故の後遺症から止まない耳鳴りをiPodから流れる音楽で癒しているベイビーは、強盗を逃がすための専属運転手を生業としている。自らの流儀に則って完璧に仕事をこなすベイビーだったが、ダイナーでウエイトレスをしているデボラと出会ったことで逃がし屋稼業から足を洗うことを決意する。しかし、一度突っ込んだ片足はそう簡単には抜けるはずもなく…。

 


映画『ベイビー・ドライバー』予告編

 

 

 

 ※ネタバレは避けているつもりですが、終盤の展開を匂わせる描写をしています。

 

 

 

映画は24コマ/秒の静止画の連なりだと言うが、これはまさにそんな「瞬間の積み重ね」の映画だと思った。

エンジンをかける。ギアを入れる。アクセルを踏む。ハンドルを切る。ガラスを割る。洗濯機が回る。銃をぶっ放す。それらのアクションひとつひとつにベイビーの聴く音楽のリズムが重なり、映画の中を縦横無尽に走り出すのである。小回りとスピードを活かしたカーアクションに矢継ぎ早な編集のテンポがマッチしているのも気持ちがいい。

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 とにかくキャスティングが冴え渡っている映画だとも思った。一瞬画面に映るだけでも強い印象を残す濃ゆい面子でありながらも、それぞれどこか掴みどころのないような独自の雰囲気を醸し出している。複雑な人間像というより、まるで信号が点滅するようにコロコロと表情を変えるのだ。

状況が変われば人間性も変わっていくのは当然と言えば当然だが、それに一貫性を持たせているというより、全く異なった側面が同時に一人の人間の中に存在している描かれ方をしているように見えるのである。それがこの映画の怖さであり、同時に優しさでもあるように思える。

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ベイビーがイヤフォンで聴いている音楽は亡くした両親と彼自身を繋ぎ止めるものであるが、それが彼の幼児性や内向性を示すアイテムとして置かれているだけのものではないところも好きだ。ベイビーが他者とのコミュニケーションに至るきっかけには音楽が関係していることが多いし、音楽を通すことで彼は他者と人間的なシンパシーを得ることも成し得ている。

それに、意味づけや象徴より何より先に、音楽はベイビーにとって紛れもなく「好きなもの」なのだ。そこにとても共感を覚えた。

 

 

「瞬間の積み重ね」という意味では、ベイビーはいつも「一瞬の選択」にさらされ続けている。逃がし屋という仕事もそうだが、右か左か。やるかやめるか。とても選択肢には落とし込めないような問題でさえも瞬時に判断を下さなければならないシチュエーションに一も二もなく放り込まれる。

たとえそれが矛盾を抱えたとしても、一度走り出した音楽には絶対に乗らなければならない。その時、その瞬間のリズムを逃すことは許されない。彼の生きている世界観では、自らの思想や信条を貫き通すことではなく、向いた方向に脇目も振らずアクセルをベタ踏みすることだけが強さなのである。思い返せばこの映画のアクションシーンにおけるカタルシスも、直線上をまっすぐ突き進む描写に置かれている場合が多かったようにも感じられる。

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守られることを約束された時間を持たない彼には、自己実現より何より、目の前の「一瞬の選択」を積み重ねることでしか彼自身の人生を変えることは叶わないのだ。

 

 ベイビーにとっての最後の敵も、彼自身が生み出した縁と、一瞬の選択によって生まれた因縁が作り出した存在だ。失った者と守る者。最後の火花散る「対決」が彩るのは、行き着いてしまった因縁の果てに突っ込んでいく覚悟同士のぶつかり合いであったように思える。

 

 

ラスト付近で、ベイビーが肌で感じた振動。それは彼が何度も繰り返し感じてきたものだったからこそ、彼には聴こえるのだ。彼の積み上げてきた一瞬は、消えることのない大きな時間の流れになっていくのである。

矛盾と混沌を受け入れる強さを持っている二人にとって、これから続いていくイメージのひとつひとつが色付いたものになることを願ってやまない。

 

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映画『ベイビー・ドライバー』オフィシャルサイト|ソニー・ピクチャーズ 

映画感想『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』まさかの斜め上

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打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?

 

おっさんたちは自力で打ち上がる。

 

監督

新房昭之

キャスト

広瀬すず(及川なずな)

菅田将暉(島田典道)

 

あらすじ

海沿いの田舎町。花火大会を夜に控えた夏休みのとある一日。同級生のなずなに想いを寄せる典道は学校のプールで友人と競争をする。その勝敗は典道にとっての重要な分岐となるのだった。「もしも、あのとき…。」不思議な玉を投げたとき、運命の分かれ道のあの瞬間へと、典道は引き戻されていく。

 


「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」予告3

 

 

 

プロデューサー:川村元気

監督:新房昭之

脚本:大根仁

原作:岩井俊二

という、変態文系おっさん四天王によって作られた本作。

この布陣ですでに逃げ場はありません。

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おっさん①:川村元気    おっさん②:新房昭之

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おっさん③:大根仁     おっさん④:岩井俊二

 

原作は岩井俊二監督のデビュー作である1993年の実写テレビドラマ『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』です。

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元が小学生たちの物語であったわけですが、今回のアニメ版では中学生?に設定が改変されています。アニメの小学生描写ほど鼻白むものはないのでいい決断だと思う反面、「大人びた少女」と「ただのクソガキ」が一緒に歩くという構図が役者の身体性を抜きにしては語れないものがあるような気もしていて。

 

実際問題、中学生に改変したことでうまくいったなんてことはなく、プロの発声の安定した声優が演じるバカ中学生の強烈な違和感は最後まで拭えませんでした。

シャフトのぺったりしたアニメで完全に失われた身体性、そんでもって年齢を引き上げたことによって生じたあちこちの齟齬。誰の目にも明らかなくらい散らかった映画に仕上がっています。

 

しかし、失敗作と評されるのは納得ですが、面白くなかったか?と聞かれると、ちょっと考え込んでしまうくらいには変な余韻の残る映画でもありました。

 

 

まず第一に、このアニメ版で物議を醸している「不思議な玉」の存在。ぶん投げるとやり直したいところまで戻れるというドラえもんばりの便利道具なわけですが、これが単純な構造の物語を不必要に入り組ませているだけでなく、実写版のジュブナイル要素さえも打ち消してしまっています。

これはどう考えても「脚本:大根仁」の仕業だろうと。この人の原作モノはいつもやたらとアイテム頼りなわりに、肝心の根底にある精神性を完全に解体して凡百のストーリーに組み直してしまうという悪癖があって(『バクマン。』のときは床を引きずり回してやろうかと思った)、それが今回も見事に炸裂しています。

この不思議な玉によって「少年少女の成長物語」としての意義をうっちゃられた物語は、しばし目的なく追走劇でその場しのぎ的に展開していきます。そして行き詰まっては巻き戻し、失敗したらやり直し、で全くもって節操がありません。

それから、キャラクターを掘り下げることもないまま魔のループにはまってしまった物語は、次第にゆっくりと逸脱としていき、さりげなく暴走していきます。その様は終わるきっかけを探して彷徨うゾンビのようです。

 

少年と少女は海に辿り着きます。物語にもう推進力は残されていません。ろくに描写されてこなかったキャラクターに乗り越えるべき葛藤もそのための時間ももうありません。この行き場を失った物語にケリをつけるには、そう、最後の力をふりしぼっておっさんたちが自力で夜空に打ち上がるほかないのです。

 

 

ドラマの『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』の方が物語的なまとまりは良いし、表現も圧倒的に豊かです。でも、個人的にはあの物語は、岩井俊二監督が焦がれている一瞬の輝きのようなものを若さを言い訳に少年少女に転嫁しているように感じられる部分がありました。本当に輝きたいのは岩井さん自身なんじゃないかと。

僕には、解体され再構築されないまま破綻したこの物語を終わらせるために、花火が平べったくも丸くもなるこの世界で、四人のおっさんが打ち上げ花火として夜空で自ら輝いたように見えてならないのです。そしてその瞬間に、この怖いくらい空っぽな映画の中に熱狂に近い感情を見出してしまったのです。

 

ラスト。エネルギーを使い果たしたこの映画は消え入るようにぬるっと終わっていきます。何一つ残るものはありませんが、どこか満ち足りたような、清々しい気分さえしてしてきます。

 

何事もなかったように爽やかな曲
DAOKO × 米津玄師『打上花火』MUSIC VIDEO

 

広瀬すず菅田将暉の声がギリギリ主人公二人を人間存在に留めていたように思えたので素晴らしかったです。歌も良かった。

 

映画『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』

映画感想『暗黒女子』この映画が闇鍋だ

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暗黒女子

 

作り手と観客のいたちごっこを

死んだ目で眺める彼女たちに幸あれ。

 

監督

耶雲哉治

キャスト

飯豊まりえ(白石いつみ)

清水富美加(澄川小百合)

千葉雄大(北条先生)

 

あらすじ

聖マリア女子高等学院でカリスマ的存在だった白石いつみが謎の死を遂げた。手に一輪のすずらんの花が握られていたことから噂が噂を呼び、いつみが所属していた文学サークルのメンバー五人に疑いの目が向けられる。そんな中、文学サークルで「白石いつみの死」をテーマとした作文の朗読会が行われ、五人の作文はそれぞれ違った犯人像を告発しはじめる。

 


『暗黒女子』映画オリジナル予告編

 

 

 

いちファンとして清水富美加の公開待機作をすべて見るという苦行を自らに課しているのですが、その第一弾です。

 

 

原作が有名な「イヤミス(イヤな気分になるミステリー)」なので、当然胸糞の悪い結末が待っています。ストーリーとしては覚悟していても「げげっ」と思ってしまうほどの強烈な幕引きです。

それでもある程度さわやかな気持ちで「いやー、やなもん見た」と劇場を後にできるのは、この映画の「どっかで見たことのある女優が悪女っぽいコスプレ演技をしている」というメタ構造と、多分物語の意味も監督の意図も超えたところにある女優陣の破壊力にあると思います。

 

「美少女」という商品価値からカリスマ的存在であること、はたまた等身大であることを強要されることが多い若手女優という稼業ですが、一方で意識の高い作り手たちはしばしばその着せ替え人形を泥水にくぐらせたりして楽しみます。

少女たちはみんなの理想としてのイメージを背負わされては、Sな作り手がそれを破壊して、のいたちごっこの始まりです。

 

行き着くところまで行ったのがこの映画だと思います。共感できるレベルとしての悪女演技が、後半につれて許容できる範疇を超えていき、ラストでドン引きさせたら勝ち!みたいな。しまいには「女子高生というだけで価値がある」とかセリフで言い出す有様です(言い回しは違うかも)。

 

しかし、実際に「少女」を演じている少女たちはといえば、制服を異物のようにまとい、繊細さどころか「いっちょやったろやないか」と言わんばかりの仕事人の目をしています。終結に向かって役の上での関係は壊れていくのに、むしろ役者同士は共謀関係のようになっていきます。もうこれは監督の手には負えてないだろうと。それくらいに個々の地力が強いです。

 

観客も監督も置き去りにして牙をむいた女優たちの顔には少女性なんて一切感じません。これからそれぞれがどんな道を歩むのかわかんないけど、つまんないところにいつまでも居ないで、好きなところに行って好きなことしたらいいよ!制服なんて焼き捨ててしまえ!ファック!

 

というような謎の高揚感を感じるエンディングでした。 

 

 

 

映画感想『ナイスガイズ!』骨折り損のくたびれ探偵

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ナイスガイズ!

(原題:The Nice Guys)

 

俺たちだって、

たまには勝つ。

 

監督

シェーン・ブラック

キャスト

ライアン・ゴズリング(マーチ)

ラッセル・クロウ(ヒーリー)

アンガーリー・ライス(ホリー)

 

あらすじ

腕っぷしの強い示談屋ヒーリー。妻に先立たれたべろべろ探偵マーチ。一人の少女の失踪事件をきっかけに引き合った二人はひょんな事からコンビを組むことになる。さらにはマーチの一人娘ホリーも捜査に首をつっ込むが、実は事件の裏には国家の陰謀がからんでいて…。

 

m.youtube.com

 

↑この予告編だけでフゥ〜!となった人はもう絶対アレなので見てください。

※ネタバレ無です、多分。責任は取れません。

 

 監督は「リーサルウェポン(1987)」などの脚本を担当したバディ(相棒)ムービーの名手、シェーン・ブラックです。

今作「ナイスガイズ!」はシェーンブラックお得意の凸凹バディもので、70年代のLAを舞台にノリノリのディスコサウンドに乗せて事件の謎を追う、痛快アクションコメディです。

などと知ったかぶりで語っていますが、正直なところ「リーサルウェポン」を始めシェーンブラック作品は一本も見たことがないので、セルフパロディとか言われてもぶっちゃけよくわかりません。見てから書けよ、って話ですが。

でも、知らないはずなのにどこか実家のような安心感があります。無駄な暴力。無駄なおっぱい。割れまくる窓ガラス。前置きなしで急にしんみりするところとか。つけっぱなしのテレビが昼頃に流す映画の気風というか。それらは多分影響を受けた2世3世であって、きっとこれがパイオニアなんだろうなと見てて思いました。「シェーンブラック印のバディ映画の復活だ!」とか言われてるのを見てちょっと気が引けてたんですけど、前知識ゼロでも全然楽しめました。ていうか、めちゃくちゃ楽しかった!

 

 

 

さて、ライアン・ゴズリング演じる、飲んだくれのダメダメクソ探偵マーチ。

f:id:wakaieriku:20170301235504j:plainやれやれだぜ

甘いマスクの演技派俳優が突き抜けたコメディ演技に挑戦、とだけ聞くと夕日の向こうでラジー賞が手を振ってる感じですが、そこはさすがのラ・ラ・ライアンゴズリング。本人の何でもこなす芸達者ぶりと飄々とした居ずまいが、このマーチというダメ人間にどこかかわいらしさを持たせています。現実でやったらタコ殴りものの失敗も、マーチがやらかすと「んもう、しょうがないなあ」という気持ちになってしまいます。※個人の感想です

f:id:wakaieriku:20170302170437j:plainキャー

あと、やっぱりライアンの作品選びの審美眼はパナいなと。

 

 

ラッセル・クロウ演じる、何でも腕力で解決の示談屋ヒーリー。

f:id:wakaieriku:20170302232942j:plain骨折るど

お前、どした!?ってくらい肥大化したラッセルクロウが鈍い動きで暴力をふるいまくります。このヒーリーというキャラ、行動原理がよくわからないというか、倫理を説いたかと思えば必要悪ぶったり、なかなかふわふわしています。でも、そこも含めた存在の不条理感が70年代のLAのカオスな雰囲気に何ともマッチしていて、「その時代と土地を代表する男(ビッグリボウスキからのハンパな引用)」感を醸し出していて良いです。

 

 そして、アンガーリー・ライス演じる、マーチの一人娘ホリー。

f:id:wakaieriku:20170303013235j:plainパパは世界最下位なんだから

初めて見た女優さんですがとても良い。ライアンゴズリングと相性がよくて、ちゃんと親子に見えるというか。ちょっと「ペーパームーン」っぽいんですよね。ソフィアコッポラの新作にも出ているらしいので、今後の活躍に期待大です。

f:id:wakaieriku:20170303182237j:plain友達みたいな親子

あと、個人的に子供が車を運転する展開がわりと好きなんですが、宣材に出てきたホリーの運転シーンが触り程度の描写しかなかったのが少し残念。何を書いてんだ俺は。

 

では、他の面々をダイジェストでどうぞ。

f:id:wakaieriku:20170303165500j:plainドーン!

f:id:wakaieriku:20170303165554j:plainパーン!

f:id:wakaieriku:20170303165604j:plainドンドンパーン!

はい、クセが強くて最高ですね。

 

日本でバディものというとやっぱり文字通り「相棒」を思い浮かべますが、あれが基本的に「性格に難のある天才と、凡人だからこその視点でサポートする相方」という相互扶助の関係で名コンビになっているのに対して、

マーチとヒーリーは特にお互いの不足を補い合うといったことはありません。それどころか迷惑をかけ合うわ足を引っ張り合うわで、ダメの2乗でダメになっているような有様です。

でもその、利害関係とか技能とかじゃなくて、負け犬同士が互いに何となく目をかけているから一緒にいるみたいなバランスがとても好きです。ホリーも入れたこの三人を、こいつらずっと見てたいなと思える。それ以上映画に求めるものなんかないじゃないすか。ね。

 

脚本上のギミックも心地いいです。殺人バチとかニクソンとか嗅覚とか。意外なところがのちのちに利いてきたりするおもちゃ箱的な演出が楽しい。

あと、パーティ会場を真上から空撮するシーンがあるんですけど、カメラがぐーっと横に移動していった後、パッと向きを上げてLAの夜景を一瞬映してからパーティ内のシーンに切り替わるんですよね。そのせいで若干繋がりがおかしくなってるんですけど、そこが何か「ついでに夜景も見とけよ」って言われてるようで、こっちとしても「気が利くじゃん!」って気持ちになるというか。その融通が利く感、わかってくれてる感がこの映画の魅力の一つなんだろうなって。

 

 とにかく、見終わった後「あー、面白かっ…た!」とそのままイスごと引っくり返れる映画です。はい。ニュアンスで受け取ってください。

果たして飲んだくれと腕力と子どもで国家に立ち向かえるのか。もう公開終わりそう!見てない人は急いで劇場へ!

 

映画「ナイスガイズ!」公式サイト

 

好きな「LAダメ男」映画。そんなジャンルあるのか知らないけど。